株式会社ナカノの取り組みのひとつである「おとでおはなし」。今回は「おとでおはなし」を監修した世界的指揮者である堺武弥先生をお迎えして、その経緯や想いについてお話しいただきました。

ロシアのお土産でチョコレートをいただきました

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堺武弥先生の指揮者になるまでの道のり

はじめまして。「おとでおはなし」の話に入る前に、まずは堺先生のことについてお伺いしていもよろしいですか?

はい。よろしくお願いします。

―では、根本的なところからのお話になってしまいますが、堺先生はなぜ指揮者になろうと思ったんですか?

実はもともと指揮者になりたいとは思ってなくて、サクソフォン奏者になりたかったんです。

中学は吹奏楽部で、ずっとサクソフォン奏者になりたいと思って勉強して、その熱のまま、海外へサックスの勉強をしに行ってたくらいなんです。

そうなんですか!?そこからどうしたら指揮者の道に・・・

そう思いますよね。(笑)サックスを勉強しているうちに、ある方から、「君は合奏能力が高いから指揮者になったらいいんじゃないの。」と言われたんです。

それである時から指揮者になったんです。

―なるほど、なかなか思い切った転向だったんですね。普通は音大とか出て、みっちり一筋みたいなキャリアがあるのかと思っていました。

そうですね。なので、僕の場合は指揮者のデビューとしては遅咲きなんですよね。普通はそれこそ音大を出て、24歳、25歳とかでデビューするのが一般的です。それで僕はというと、デビューが29歳でしたからね。

そうなんですね!キャリアだけで言えば、不利と考えることもできますが、そこからどうやって世界的に認められるような指揮者になっていったんですか?

はい。そこは海外での活動がメインだったことが良かったんだと思ってます。僕はデビューが海外だったんですね。

日本と海外は文化的な違いがあって、日本は経歴のウエイトが高く、肩書きや経歴をベースに選考されます。それこそ書類選考やプロフィールである程度測られてしまうという感じで、、

逆に海外は、基本的に実際の指揮をみて判断します。だから、経歴的には不利に思われがちな僕も同じ土俵で戦えたわけです。

そうこうしているうちにいろいろな国のオーケストラから呼んでいただけるようになって。

なので、海外がベースとなっていたことが僕にとっては良かったですね。

―良い部分もあったのだとは思いますが、逆に言えば困難もありそうですが。

確かに指揮者の選考はその都度なので、プレッシャーはあります。逆に言えば、常に工夫して鍛錬していかなければすぐにはじかれてしまうので、それが柔軟に曲を理解することに繋がって好循環でした。

―体力的にも精神的にもエネルギーを使いそうですね。

そうですね、本番の日なんかはすごく集中しますし、指揮を振ったあとは2、3キロ減ってたりしますね。精神的には、逆にきちんと実力をつけていけば評価されるという環境は僕にとっては楽でしたね。

―楽ですか。(笑)そういえば、小澤征爾さんに師事していたということを伺いましたがどのような出会いだったんですか?

小澤先生がやってるグループレッスンで出会いまして、そこで少し習わせていただいてそこから頻繁に習うようになりました。

小澤先生からは指揮法よりどちらかというと人間としての作法を習った感じですね。指揮のレッスンよりその後のお食事会の時が厳しかったです(笑)

―マナーとか・・そういった・・・

そうです、ただ、食べるマナーというよりは、人への気遣いというところですね。

楽しくお話しながら食事していても、全部を見ている感じ。

小澤先生は何も見ている雰囲気ではないのに、そこにいる「人」のことを全部見ているんですよね。

もちろん、レッスンも熱心に指導してくださっていたのですが、そうした「人」への気遣いなどについても、細かく指導を頂いていました。

―全体を見るというところは指揮と繋がる部分がありますね。

そうかもしれません、そうした視点についてもそうですし、レッスンも横に張り付いて僕よりも激しく指揮を振っている姿がとても印象的でした。

―おもしろいエピソードですね。

「おとでおはなし」はいかにして生まれたのか。

―ここで、「おとでおはなし」についてのお話も伺いたいのですが、どうして「おとでおはなし」の監修を引き受けたのかというところに単純に興味があります。

これについては、オランダで音楽教育との出会いがあって、それがすごく面白かったんです。

オランダにとある音楽機関がありまして、そこでやっていた音楽教育というのが目からウロコという感じだったんですね。

今まで僕は子どもたちに違うことを教えてしまっていたんじゃないかというくらい、考え方が変わりました。

多くの音楽教育というのは、「先生」がいて、上からバーッと習っていくという感じだったんですが、オランダの音楽教育というのは、そうではなくて、音楽をしっかり理解するということもそうですし、何より音を楽しむことも重要視していて、多角的に音と向き合っているんですよね。

―比較するわけではないですが、日本の音楽教育との違いって何ですか?

日本は、楽譜に忠実に弾くことが大事で、正しいということをいかに正しくこなすかというところが重要な観点になっています。逆にオランダなどをはじめとする海外で感じたことは、そこにある「音」自体にも目を向けているんです。

例えば、違うピアノが2つあって、それぞれ弾いてみて、「どっちがいい音だと思う?」というやりとりがあったりするんです。響き方とか、気持ちよさとか、そういう音がありきで、そこに楽譜があって、音楽が生まれるという感じです。

全体の正しさに加えて、「いい音かどうか?」という視点が大切で、音を楽しむということの根源になっていると感じました。

―確かに「いい音かどうか」という問いってあまり触れてこなかったですね・・・

そうなんです。それでいろいろ幼稚園の子どもたちのために音楽教室とかやったりしている時に、ナカノさんから指揮棒についてのご相談をいただいて、たまたま小さい鍵盤楽器を見せていただいて、それを弾いた時に、「いい音だな」って思ったんです。普通は小さいピアノのおもちゃとかは安っぽい音がしたりして、やっぱりおもちゃなんですよね。ナカノさんの小さい鍵盤は違ったんです。それで、その音に凄く惹かれたという感じです。

だから、音楽教育には「いい音」というのが必要で、ちょうど「おとでおはなし」のお話もあったので、この楽器ならあるべき音楽教育ができるなと思ったんです。

ナカノの取り組みにご協力いただいております。

ナカノの取り組みにご協力いただいております。

―そうなんですね。それで、その「いい音」に触れていくことで、どんなことが変わってくるんですか?

「いい音」というのは抽象的ですけど、単純に「心地よい音」「気持ち良い音」ということでいいと思ってるんです。そうすると、楽しみ方が広がるんですね。正しさを追求するのではなく、楽しさを追求するということです。それで、「いい音」に囲まれていると、「いい音」ではない音を「いい音」にしたいなぁと思うんです。その綺麗な音を出したいという感性が日本の音楽教育には欠けているところがあるのではないかと感じているんです。

「いい音」を基準にしていくと、音への興味が拡がって、たとえば、クラリネット、オーボエで奏でられている曲があるとして、ここにフルートが入ると少し明るい感じになるよねとか、そういう曲の表情や情景に興味を持つようになるんですね。

それが大事で、そういうことがオランダの音楽教育にはあったということです。

―音楽の感度が上がることで、表現力が変わってくるということですか。

そうです、面白かったのは、たとえば、ちゃんと正しく楽譜に沿って弾くというのは、日本の子どもの方が優れていたりするんですけど、嫌な音を弾いた時に嫌な顔をするのが向こうの子どもたちですよね。

その違いってすごく大事だと思うんです。

嫌なものを嫌だと思うことが大事なんです。たとえば、音楽にこだわらずに、ごはんだとしても、「おいしい」と「まずい」を感じることができることで、体験が広がります。ひとつひとつに対して考えを持つということが子どもたちの主観力を育んで、いろいろな体験を豊かにするということなんだと思います。

もちろん、すべての人が音楽の道に行くわけではないのですが、音楽を通じて些細なことに興味を持っていくことで、どんなことをしていても、興味のあることを掘り下げるようになるし、そうした姿勢が、人生のなかのいろいろな選択において役立つと思うんです。

―なるほど、「おとでおはなし」には音楽にとどまらず、感性を豊かにする教育という側面があったんですね。

はい、「食育」ってありますけど、いうなれば「音育」という感じですかね。

それから音楽に助けられる場面っていろいろあると思うんです。音楽が元気をくれたり、落ち込んだ時に立ち直るきっかけになったり、音楽ってそういう日常の中で身近に寄り添う存在であれたらうれしいですし、そういうカルチャーは小さいころの体験とかが大切だと思うので、そうした分野でも助けになれればいいなと思います。

おとでおはなし

監修していただいた「おとでおはなし」

堺先生には「指揮棒のおはなし」という冊子でもお世話になっています!

堺先生には「指揮棒のおはなし」という冊子でもお世話になっています!

―そうなんですね、とてもおもしろい視点で楽しかったです。本日はありがとうございました。

はい、ありがとうございました。

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堺 武弥

Takeya Sakai

神奈川県横浜市出身。指揮者、PICKBOY技術顧問、代官山音楽院講師、アンサンブル・ムジーク弦楽合奏団音楽監督、掛川市民オーケストラ音楽監督、⑧strings音楽監督、岐阜聖徳学園大学ウィンドアンサンブル常任指揮者。ドイツ国立ベルリン芸術大学にて研鑽を積む。2001年1月に指揮デビュー。 国内外のオーケストラを指揮し、日本では東京吹奏楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、アンサンブル・ムジーク弦楽合奏団等で指揮をする。現在は音楽教育プログラムの活動もさかんに行っている。